設計図は、すべてを描ききるものではありません。
建築家が寸法を決め、構造を整え、生活動線を設計しても、
そこに“居場所”が本当に宿るかどうかは、住み手に委ねられている部分が多くあります。
居場所とは、“使われた空間”が変化して生まれるもの
- 庭に出る途中のステップに腰をかけたくなる
- 廊下の角に小さな椅子と本棚を置いてみたら定着した
- 光がきれいに差し込む床の一角に、ラグを敷いて昼寝をするようになった
- 誰も使わなかったスペースに子どもの遊び場が自然とできた
こうした場所は、設計図には存在していない。
けれど確実に、暮らしの中で“育っていく”空間です。
建築家が意識する“余白の残し方”
KAWAZOE-ARCHITECTSでは、
すべてを決めきらず、「意図的に決めない場所」を設計に残します。
- 過剰に用途を限定しない空間の配置
- “使い道のない”と思える奥行きや角の存在
- 家具や動線で後から“発見される”場所の種まき
- 意図せず、光や風がつくる“気持ちよさ”の予測
“居場所”は、暮らしの中で育まれる
設計だけでは決まらない。
暮らし手の行動・時間・季節・記憶──それらが重なって、
やがてその空間が“好きな場所”になる。
それはとても自然で、豊かなことです。
まとめ:“未完成”の余白こそが、居場所を生む土壌になる
KAWAZOE-ARCHITECTSでは、
家とは「完成された物」ではなく、
“居場所が育つ環境”として設計されるべきだと考えています。